生酛・山廃とは — 酒母の造り方で変わる酸と旨味
酔談部 編集部

ラベルに書かれた「生酛」「山廃」は、酒の土台になる酒母の造り方を示す言葉です。主流の速醸との違いや手間がかかる理由、生まれた歴史、味わいの傾向と楽しみ方を順に整理します。
「生酛」「山廃」は酒母の造り方
日本酒のラベルで見かける「生酛(きもと)」や「山廃(やまはい)」は、味の名前でも特定名称でもなく、酒母(しゅぼ)をどう造ったかを表す言葉です。「生もと」とかな混じりで書かれることもあります。
酒母は、本格的な仕込み(醪)に入る前に、酒造りの主役である酵母を小さなタンクで大量に育てておくもので、「酛(もと)」とも呼ばれます。ここで健全な酵母をたっぷり用意できるかどうかが、その後の発酵を左右します。

酒母造りでいちばん気をつけるのは、酵母以外の微生物に負けないことです。蒸した米と麹と水を混ぜたものは、雑菌や野生の酵母にとっても居心地のよい環境だからです。そこで頼りになるのが乳酸です。乳酸で酸性に保たれた環境では多くの雑菌が増えにくく、酸に強い清酒酵母が育ちやすくなります。
この乳酸をどう用意するかによって、酒母の造り方は大きく2つの系統に分かれます。
速醸・生酛・山廃の違い
速醸(そくじょう)
醸造用の乳酸を最初から加えて酒母を造る方法です。はじめから酸性の環境が整うため雑菌の心配が少なく、2週間ほどで酒母ができあがります。明治時代の終わりに国の醸造試験所の研究から生まれ、現在はこちらが主流です。ラベルに酒母についての表示がなければ、多くは速醸と考えてよいでしょう。
生酛(きもと)
乳酸を加えず、蔵や原料に由来する乳酸菌を自然に増やして、乳酸を作らせる方法です。冬に仕込む「寒造り」が広まった江戸時代に形が整ったとされる伝統的な製法で、酒母ができるまでに4週間前後かかります。工程の途中に、蒸米と麹をすり潰す「山卸(やまおろし)」という作業があるのが特徴です。
山廃(やまはい)
「山卸廃止酛(やまおろしはいしもと)」を縮めた呼び名で、生酛から山卸の作業を省いた方法です。乳酸菌の力で乳酸をまかなうという点は生酛と同じなので、生酛と山廃をまとめて「生酛系」と呼びます。
違いをまとめると、次のとおりです。
- 乳酸の出どころ:速醸は添加、生酛と山廃は乳酸菌が自然に作る
- 酒母ができるまで:速醸は約2週間、生酛と山廃は約4週間
- 山卸の作業:生酛は行う、山廃と速醸は行わない
生酛系の酒母の中で起きていること
生酛系の酒母では、数週間のあいだに微生物の顔ぶれが入れ替わっていきます。
- 仕込んだ直後は、水に含まれる硝酸を亜硝酸に変える細菌が働く
- 続いて乳酸菌が増えて乳酸を作り、酒母が酸性に傾いていく
- 亜硝酸と酸性の環境によって、野生の酵母や雑菌が抑えられる
- 酵母が増えてアルコールが生まれると、乳酸菌もやがて姿を消す
こうして最終的には、ほぼ清酒酵母だけが元気に育った状態になります。現在は、育てたい酵母を途中で加えるのが一般的です。
この流れをうまく進めるために、蔵人は寒い時期に低い温度から仕込み、湯を入れた「暖気樽(だきだる)」などで少しずつ温めながら、日ごとに状態を確かめます。人の手で微生物の移り変わりを導く、手間のかかる工程です。
時間と手間をかける見返りもあります。生酛系の酒母で育った酵母は、厳しい環境をくぐり抜けているぶん、醪の後半まで力強く発酵を続けやすいといわれます。また、酒母の段階でさまざまな微生物が関わることが、味わいの複雑さにつながると考えられています。
山卸と、山廃が生まれた理由

山卸は、半切り桶と呼ばれる浅い桶に蒸米・麹・水を入れ、櫂(かい)で時間をかけてすり潰していく作業です。寒い時期に何人もの蔵人が交代で行う重労働で、作業の調子をそろえるために酛摺り唄が歌われてきました。
明治時代の終わり、1909年ごろに国の醸造試験所で、米をすり潰さなくても麹の酵素の働きで十分に溶けることが確かめられ、山卸を省いた山廃の方法がまとめられました。その翌年ごろには、乳酸を添加する速醸の方法も考案されています。酒母造りは、この短い期間に大きく姿を変えました。
山廃は「手を抜いた生酛」ではありません。山卸をしない代わりに、麹を先に水に浸して酵素を引き出す「水麹(みずこうじ)」などの工夫で米を溶かしていく必要があり、生酛とはまた違った難しさがあります。
味わいの傾向と「酸っぱい酒」という誤解
生酛系の酒には、一般に次のような傾向があるといわれます。
一方で、「生酛や山廃は酸っぱくて重い」と決めつけるのは早計です。酒の味は酒母だけでなく、米の種類や精米歩合、醪の管理、搾ったあとの熟成など、多くの要素で決まります。すべての酒を生酛で造ると公表している秋田の新政酒造のように、生酛系でありながらフレッシュな生酒を看板商品のひとつにしている蔵もあります。
反対に、菊正宗酒造のように生酛造りの純米酒を紙パックで出している大手もあり、生酛系は特別な高級酒だけの話ではありません。
楽しみ方のヒント
- 温度を変えてみる まずは常温や、40℃前後のぬる燗から。そこから45℃前後の上燗まで上げると、酸がやわらいで旨味が前に出てくるものもあります。冷やしたときとの違いが分かりやすいタイプが多いのも特徴です。
- 特定名称をそろえて比べる 「生酛純米」と速醸の「純米酒」のように、特定名称をそろえて並べると、酒母による違いに意識を向けやすくなります。
- 味のしっかりした料理と合わせる 煮物や焼き魚、味噌や醤油を使った料理、チーズなどとよくなじみます。
- 同じ蔵で飲み比べる 速醸と生酛(または山廃)の両方を出している蔵なら、酒母の違いがいちばん分かりやすい比較になります。
ラベルでの見つけ方
ラベルでは「生酛純米」「山廃純米吟醸」のように、特定名称と組み合わせて書かれることがよくあります。特定名称が原料や精米歩合による分類なのに対して、生酛や山廃は酒母の造り方の表示です。2つを別々の情報として読むと、ラベルの意味が整理しやすくなります。
表記にも幅があり、「生酛」のほか「生もと」「きもと」、山廃なら「山廃仕込み」「山廃酛」などと書かれます。特定名称のように国の表示基準で要件が決められた言葉ではなく、蔵が自分たちの造り方を伝えるために書いているものなので、気になったら裏ラベルや蔵の説明で造りの詳細を確かめてみてください。
さらに古い酒母の造り方も
生酛よりさらに古い方法として、奈良の正暦寺で室町時代に行われていたと伝わる「菩提酛(ぼだいもと)」があります。生米を水に浸けて乳酸菌を増やした水を仕込みに使うのが特徴で、近年はこの製法を再現した酒も造られています。酒母の造り方に目を向けると、日本酒の歴史と幅の広さがぐっと身近に感じられるはずです。







